2018-05

ストリートビューで行くボウルかつらしま

 高知ボウリング場シリーズの最後は雨ニモマケズ風ニモマケズ(宮沢賢治ではありませんが)昭和のボーリングブームから数々の試練を乗り越えて?現在も現役でがんばってる高知県の昭和のボーリング場最後の生き残りボウルかつらしまの紹介です。
 ボーリングブームが去って高知の中心部には3件残ってて、他の2件(とでんボウル,ボウルジャンボ)に比べて、ボウルかつらしまは、いつも少しだけ近代化周回遅れ・・・というボーリング場でした。他が点数をコンピュータ化されて自動計算し始めた時もいまだに手書きのスコアだったり・・・とかって感じで、だんだん時代とともに手書きでスコアを計算出来る人がいなくなり始めた時でも、いまだに手書きスコア?みたいな感じで、一時期若い人からはスコアがつけられなかったので、敬遠されていた時期もあったかな~って感じでした。けど、その分ゲーム代が他のボーリング場よりも安かったので、自分はスコアが手書きで計算出来る事もあって、よく行ってましたし、友人とかに誘われた時は、計算してほしい・・・という事で(ま~安いけど、計算出来ないから行かないけど、計算出来る人がいるなら安い方がいい・・・的な)よく数人でボウルかつらしまに行ってました。
 今はそうでもないけど、施設が周回遅れな分(その当時は、とでんボウルが一番レーンがきれいで、かつらしまはお世辞にもきれいとは言えなかったし、きたない・・・というイメージがあった)何故かスプリットばかり出る脅威のスプリットレーンとかあったりとか、そんなに上手くない人でも200近くスコアの取れるナイスなレーン・・・とか、レーンによって当たり外れがあって、ある意味普通のボーリングとは違った楽しみがあったな~なんて思ったりしました。
 ただ、そういった事もあって、だんだんボーリングにコアな人が行く店になった分、今でも生き残ったのかな~なんて思ったりします。今はそこそこ年齢のいった人はラウンドワンの雰囲気にはなじめないので、もともと他の2店(とでんボウル,ボウルジャンボ)に行っていた人もかつらしまに集まる様になったのでは?って感じるので、そう考えれば、もともとボーリングをしていた人が最後に集まる店がここだった的なものになったのではないでしょうか・・・

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 昭和の匂いが感じる外観です。(今はオレンジですが、昔は建物が白かったです。)これからもずっとがんばってほしいもんだなって思います。

※地図は→こちらです。
※ボウルかつらしまのサイトは→こちらです。

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ストリートビュー今昔物語:空港ボウル跡

 空港ボウルは昭和のボーリングブームの終焉に近い時期に出来て、ブームとともに去って行ったボーリング場です。なので、存在していた期間はそんなに長くなかったのではないかなって記憶しています。今ではこの近辺は建物が増えましたが、空港ボウルが出来た時は、まだそんなに周りにはなく、郊外のでっかいボーリング場・・・って感じでした。確かレーン数も他のボーリング場を圧倒する位のレーン数があって、広い~!って事だけがなんとなく記憶の片隅に残っています。
 ボーリング場がなくなってから、そのまんまサニーマート(スーパー)が郊外型の大型店舗・・・みたいな感じでオープンしました。今は建物も建て替えてサニーアクシスになっていますが、その前は空港ボウルの建物がそのまんまサニーマートに移行してました。

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 現在はこんな感じで、サニーアクシスがあります。

・去って行ったボーリングブーム
 今とボーリングブームのあったあの頃と比較すれば、今の方が物価が高くなったはずなのに、ボーリングの1ゲーム単価って今の方が安かったんじゃないかな~って思うのですが、そう考えれば、あの頃って値段が高いのに、どこのボーリング場に行っても、何時間待ち・・・とかってすごかったな~なんて記憶に残ってます・・・それでも雨後のたけのこの様にあちこちにボーリング場が次々出来ていって、ブームとともにばたばたとなくなっていった・・・そう考えればあの時のブームって何だったんでしょうね
 空港ボウルってブームの最後に出来た巨大戦艦店って感じで、これだけ大きな店が出来ると、もうあっちこっち回って何時間も待たなくてすむんじゃないか~?なんて子供心に思ったもんでしたが、それからそんなに時間が経たない間に熱病の様なボーリングブームがなくなって、次々に閉店ラッシュが続き、それから10~20年間位は、あっちこっちに閉店の残骸の巨大ピンの看板だけが残ってた・・・なんて時代もありましたが、現在ではもうそんなものもなくなって跡形もなくなったので、なんとなく子供の頃の記憶に残っていたボーリング場をたどってみました。(今記憶に残っているものを残しておかないと、もう思い出せない彼方に消えてしまう様な気もしたので)多分、まだ今回の高知のボーリング場閉店シリーズに載ってないものも多数存在するかなとは思いますが、それだけあの頃はボーリング場があった・・・という事でしょうね。

※地図は→こちらです。

 あと、『高知のアイススケート場跡』の記事で書いた場所もボーリング場が併設されてましたが、何ボウルだったかは覚えてません。そのほか高知市の高須と佐川町にも国道ボウル以外にもう1件ボーリング場があったような気がしますが、場所はいまいちどこだったか覚えてないし、名前も分からなかったので割愛しました。

ストリートビュー今昔物語:ボウルジャンボ

 ボウルジャンボはいわゆるボーリングブームの時代から、最近まで(昭和47 [1972]年09月20日~平成24 [2012]年12月29日)あったボーリング場です。市内の中心部にあるし、人は多かったし、飲み&リクリエーションでよくここでボーリングをして飲みに行く・・・みたいなパターンが多かったので、なくなる・・・と分かった時は、結構『え~!』って思った人が多かったかな~って感じです。
 『ジャンボで投げよう~!』って地元のテレビでコマーシャルなんかもしてましたが、それもなんかなつかしい思い出ですね。

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 ストリートビューさかのぼりで、ボウルジャンボがあった頃の画像がありました。こんな感じです。(2012年8月画像)
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 現在は近森病院のリハビリテーションセンターに変わってます。

※近森病院よもやま話
 近森病院と言えば、高知では1~2を争う規模の病院ですが、最近スキャンダルにより院長が変わりました。(といっても、パパが息子に譲って、息子が問題を起こしたので再びパパが再登板した・・・という事ですが)
 新聞でも、未成年の少年とみだらな事をした・・・という事で、書類送検されたらしいですが、結構夜の街(飲み屋関係)では一時期この話がもちきりになってました。病院自体は院長の不祥事なんで、箝口令が敷かれてた・・・らしいのですが、こういう話ってやっぱり興味をそそられる話なわけで、(特に手を出したのが、女性でなくて男性だった事が田舎の人間にはインパクト強烈!って感じで)あちらこちらに情報が飛び交ってました・・・
 そういう情報によると、元々問題のあった少年の方がSNSでお小遣い目的で声をかけていたみたいで、その辺で関係のあった相手を調べている捜査線上で超大物がひっかかった・・・という事みたいで、他にも複数書類送検された人はいるはずだけど、超大物のおかげで、他の人は話題にもならなかった・・・って話らしい。特に、田舎のおばちゃんとかは『女ならともかく男ってね~・・・』みたいな感じでどん引きな人が多かったけど、その話を聞いた時に男はともかく、女でもいかんのちゃう?って心の中で思ったりしました・・・笑
 そういえばパパの方も結構なもので、お手つきにしたスタッフにマンションを買い与えた人が何人もいる・・・なんて話が漏れ聞こえてきて、親も親だから子供も子供・・・なんて話をしていた人もいましたが、個人的には子供は男にまでいけるので、パパ以上も猛者かなと思ったりもして・・・
 ちなみに、病院関係ってそういう話はよくあるもんで、別の病院でも院長がお手つきにしたお水の子を受け付けで採用してるから、あそこの病院は(ネット上に書くので、ここでは病院名は伏せておきますが)きれいな子が受け付けにいるけど、ケバいし気が利かない・・・なんて話も出てきたり・・・で、お金があると、そういう事も多くなるんでしょうね・・・って思ったりもします。
 何かボーリング場今昔物語より、サイドストーリーの方が相当ディープなお話になってしまいました・・・苦笑

※地図は→こちらです。


ストリートビュー今昔物語:とでんボウル跡

 とでんボウルは現在ラウンドワンの高知店に変わりました。ボウリング場がボウリング場に変わったので、結果的にボウリング場自体がなくならなかってよかた・・・と思いました。
 とでんボウル自体は客自体がそれなりにいたので、もしも単体で運営されているものなら、今でもあった気はするのですが、土電グループ自体が赤字だった事もあり、他の赤字部門とくっつけられたり、最終的にはグループの赤字補填で売られたのかな~なんて思いました。ボウリング場で働いている人の又聞きで、単体だったら黒字だったのに・・・なんて悔しがっていた話を聞いた事があったので、その話は嘘ではなかったら、今でもあったのかもしれないですね・・・
 ちなみに土電本体も、高知県交通と併合されて、とさでん交通に変わってしまいました。とでんボウルが2007年末で閉店して、ラウンドワンが2008年にオープンしているので、ラウンドワンになってからもう10年になるんですね・・・そう考えたら、時代の流れって早いもんだなと思ったりします。

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Google Earthにとでんボウルの頃の画像が残ってました。
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ラウンドワンに変わってからはこんな感じ。
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ストリートビューの現在はこんな感じです。

※地図は→こちらです。

ストリートビュー今昔物語:パークレーン跡

 パークレーンは現在のNHK高知放送局のとなりにあったボーリング場です。建物の立地面積が小さいせいもあって、レーン数のあまり多くない3階構造になってました。(確か下が駐車場でその上から3階構造になっていたような・・・)昭和40年代のボーリングブームの時に誕生し、ブームが去ってすぐなくなったかと思います。そこから最近までは駐車場として流用されてましたが、画像で見ても分かる様に閉鎖されてましたので、最近の耐震基準に合わなくて取り壊しになったのかな~?なんて思ってます。(また追跡調査はしたいかなと思います・・・)

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 パークレーン全体像・・・結構高さは高いです。ちなみに緑のシートで覆われている丸い構造物は螺旋階段になっていて、ボーリング場はあった当時はこの階段を上り下りしてたんじゃないかな~と思います。
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 正面から・・・この様に幅も狭いので、確か1フロアに10数レーンくらいしかなかったんじゃないかな~って記憶があります。
 あと、こんな感じで閉鎖されてるので、ストリートビューに残るのはこれが最後の勇士になるのかもしれないですね。

※地図は→こちらです。



ストリートビュー今昔物語:桜ヶ丘フレッシュボウルZ

 桜ヶ丘フレッシュボウルZはオープンが昭和58 [1983]年06月25日となってたので、いわゆるボーリングブームの時に出来たという訳ではなく、もっと後で出来たボーリング場です。いつまでやってたかは覚えてないのですが、平成20年位まではやってた様な気がします。ここは高知市の中心街から少し離れていて、割と深夜まで営業してたので、若い時に友人と深夜に何処へ行く?的な感じで、何度かここのボーリング場に行った覚えはあります。今は宅地化されていて、ここにボーリング場はあった・・・なんて聞いても『え?そんなものあったの?』みたいな返事が返ってきそうな位、跡形もなくなってます。

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 Google Earthで見た桜ヶ丘フレッシュボウルZ付近・・・こんな感じで、全然ボーリング場があったの?って思うくらいの普通の宅地に変わっています。

※地図は→こちらです。

ストリートビュー今昔物語:国道ボウル跡

 国道ボウルは、高知県佐川町の国道33号線沿いにありました。(だから国道ボウルなんでしょうか・・・)ここはボーリングブームが去った後、平成の時代くらいまで確かあったかと思うのですが、いつの間にかなくなっていました。
 現在はJA葬祭会館ルミエールコスモスに姿を変えています。

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こんな感じ。

※地図は→こちらです。

ストリートビュー今昔物語:中村グリーンボウル

 中村グリーンボウルは、高知県中村地方では、老舗のボーリング場だったと思います。多分ボーリングブーム時代から誕生して、平成のかなりの時代まであったのではないかと・・・国道56号線を四万十川を渡った辺りで山の方を見ると、山の上にボーリング場のピンが見える・・・みたいな感じだった記憶があります。
 確かクアボウル四万十があった時も、クアボウルが新しいボーリング場、山の上は古いボーリング場・・・なんて、聞いた事があったので、クアボウル四万十は平成10年オープンなので(結局そちらもなくなったけど)少なくとも平成10年以降までは存続していたのではないかなって思います。
 幡多地方は、こちらもクアボウル四万十もなくなったので、ボーリング場は全滅になってしまいました・・・

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 ストリートビューで見る、国道から中村グリーンボウル方向・・・山の上の建物の一部が名残的にあやしい・・・とは思うのですが、幡多地方はそんなに行く機会がないので、自信はないです。

※地図は→こちらです。

ストリートビュー今昔物語:クアボウル四万十跡

 クアボウル四万十は平成10 [1998]年07月18日~平成24 [2012]年03月31日に高知の幡多地区にあったボーリング場です。オープンも平成なので、新しい部類で、どちらかというとスーパー銭湯とかが全国に増えていった時期にスーパー銭湯の複合施設的なもので出来た様な感じだったと思います。外観もいわゆるボーリング場・・・という雰囲気ではなかったです。

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外観はこんな感じ。
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国道56号線から見える正面・・・ボーリングって書いてあります。
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 奥の方でユンボが取り壊しにかかってるっぽいです。この画像が2014年のものだったので、現在はこの建物はないのかも知れないですね・・・ちなみに、この場所は高知方面からは高松に行くより遠い場所って感じなので、これだけのために確かめに行こう・・・という気分にはなれなかったりします・・・笑

※地図は→こちらです。

ストリートビュー今昔物語:南国ボウル跡

 南国ボウルは、現在はパチンコ屋の南国ホームランに変わっていて、跡形もないです。昭和40年代のボーリングブームの時に出来てブームとともに去って行ったボーリング場のひとつです。
 ボウリング場の廃墟は、確か平成前後位と比較的長く残ってたのですが、高知県内にパチンコ屋の大型店が増え始めた頃に今のホームランになりました。

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今はこんな感じです。

※地図は→こちらです。

ストリートビュー今昔物語:潮江ボウル跡

 潮江ボウルは、昭和のボーリングブームの時に出来て、ボーリングブームが去って閉店したボウリング場のひとつです。ボウリング場がなくなってからは、セントラル系のパチンコ屋が存在しています。

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 現在はこんな感じで、セントラルディーボ桟橋店が建っています。

※地図は→こちらです。

ストリートビュー今昔物語:南海ボウル跡

 高知市朝倉に昔南海ボウルというボウリング場がありました。ここは、昭和40年代のボーリングブームの後つぶれていった数多のボーリング場と違い、それ以降も20年位は続いていたのですが、いつの間にかなくなっていました。現在は、セントラルグループのメカニカルセンターってなっているみたいですが、建物は南海ボウルの当時の面影がそのまま残っているので、ある意味貴重ではないでしょうか・・・ちなみに、最終的に高知近辺でボーリングブームの頃から生き残ったのは、ボウルかずらしまだけになってしまいました。

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建物はこんな感じ。
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正面から。現在も建物は別の用途で使用されてますが、外観は昔のボーリング場の当時のままです。

※地図は→こちらです。

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マッコウクジラ

マッコウクジラ

『気まぐれ文学館』
・第15回,16回短歌現代新人賞 佳作
・第47回角川短歌賞 最終予選通過
・H15年度 歌壇・歌壇発新星36人 一年連載
他・・・
現在は当ブログにて地道?にゲリラ活動中・・・