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2013-01

ツワブキ

121231-9

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日常に・・・

三が日も終わり
間もなく日常が戻ってくる
あ~なんかこのまんま
ぼんやりな日が
続かないかな
何か仕事したくないな

と言っても
仕事しないと
生活出来ないし

少しづつ
気合いを入れて
日常に戻らないとね


サザンカ

121231-8

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ニホンスイセン

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シモツケ・紅葉

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絶対というもの?(原発についての小さな願い)

 ここのブログ上では、一応文章とか絵とか写真とかっていうのを出している事もあって、なんでもアーティストという事になってます?
 まあ、そんな事もあって、絵とかポストカードとかぼちぼち売れたりもするので、少しは活動も出来ているのかな?とも思うのですが、そんなに積極的に活動もしてないし(せいぜいHP&ブログと、時々声がかかる合同展とかに絵と短歌で出品するくらと、よく行く飲み屋に書いたポストカードとか置かせてもらっているので、それが時々そこのお客さんに気に入られて買ってくれたり、注文されたりするくらい)・・・なんで、そんなんで、田舎暮らしでは到底生活出来るほどの稼ぎがある訳でもなく、本業は土木系?のなんでも屋?みたいな事になってます・・・
 一応HPもEx測量屋さんhttp://homepage3.nifty.com/mkujira51ts/Exsokuryo/Exmain.htmというHPで思いつくまま自分の作った書式とか計算書とかアップしてます。ポジション的によく分からない分類に属するみたいで、測量~土木設計~機械設備、電気とか用地、造園とか同業者でもこの人何やってるんだろう?って疑問を持たれる事も多いみたいです・・・
 元々は、そこまで、いろんな事が出来る訳でもなかったのですが、頼まれると嫌と言えない性格で、そうなると、一般的にソフトが普及してないような、面倒くさい特殊計算とかを頼まれる様になって、一つこなすと、連鎖的にもう無理かも?みたいに溜息の出てきそうな特殊系がやってくる・・・って感じで、土木のHPも元々内輪で同じ様に苦労している人が少しでも楽になるヒントになれば・・・というのと、同業者とか知り合いの土建屋さんとかが、自分の作った安定計算とか、数量計算とかを欲しがったりしたので、HPからダウンロードしてもらう方がいちいちメールとかCDとかに焼いて渡すより楽だったので、そんなんで始めた元々のHPのおまけコーナーだったはずだったのですが、今はそちらが本当のHPだと思っている人も多いみたいです・・・
 何か脱線した前置きになりましたが、そんな事もあって、自分はいろんな構造計算とか、河川計画の計算とかに大なり小なり関わった事があるのですが、今まで絶対という基準というものがあって計算した事はありません。橋梁とかだったら、道路橋示方書とかを基準に設計したりしてるのですが、それは、その基準書に基づいてOKなので、設計上安全という事になってます。基準も等級(重要度)によって、安全の基準が変わります。
 基準の基本はその地域の地質や、断層、設計震度、重要交通か?・・・などによって決まるのですが、その基準も過去に大きく変わったきっかけがありました。それは、阪神淡路大震災です。あの地震で、高架橋が倒れたりという事があって、道路橋示方書の安定基準が大幅に強化されました。それは、建築系も同じで、大きく基準が変わりました。ちなみに、それまでは、それ以前の基準が絶対だと言われたものがある意味覆った瞬間です。
 それは、想定外の事なので、そんな言い訳で終わらせてはいけない事だとは思うけど、それがその時点の人間の想像の限界だったんだろうと思います。そして、極端に言えば、今の時点ではありえないと言われているマグニチュード10とかに対応する構造を設計しろ?と言えば、設計上は出来ない事もないけど、そんな事をすると、コストがバカ高くなり、今までの地球上の歴史でも、そんな実績はないと言われてるので、実際にはそんな事はしない。けど、もし、そういう今はあり得ないと言われた事が起きると『想定外』が適用される・・・それが、今の安全の基準の基になっています。
 河川とかは、もっとアバウトというか・・・何というか・・・基本はその河川のレベルや、地域の重要度によって、雨量強度が5年、10年、30年、50年・・・という基準で設計されるのですが、例えば、5年という事は5年に1回の確立の洪水であふれる設計・・・という事です。そして、だいたいの設計は、一般で10年とか重要な河川でも30年、50年位で、それ以上って事はまれ・・・です。何故そうなるかというと、たかが、5年から10年とか口では言えるかもしれないけど、それだけで雨量が大きく変わり、それに対する構造に対するコストは×何乗・・・という風にびっくりする位のコストが上がってくるので、なかなか・・・ってとこでしょうか。だから、最近のゲリラ雨対応とかって、河川の改修とかって汚く言えば土木族が金を呼び込む打ち出の小槌?のマジックの基にもなったりはするのですが・・・
 そういう事もあって、他の機械設備などもそうなのですが、絶対と言われてるであろうものを基準に安全としている・・・という事であって、絶対というものはないというのが自分としての単純な見解です。そして、構造物はどんなものでも劣化していく・・・という事には変わりはないと思います。たとえば、鉄筋コンクリート構造物から黒というかこげ茶のような線を引いている時は、その構造物の鉄筋は必ず錆びていて、錆びた分だけその鉄筋は膨れています。そしてその鉄筋の強度は落ちているし、鉄筋の膨れた分だけ、コンクリートは何処かにヒビが入っています。あと、コンクリートも水によって徐々に溶けだしたりもするので、コンクリート自体も劣化していきます。
 何が言いたかったかと言うと、これは専門外なので、何とも言えないのですが、他の構造物では絶対というものは見たことがないのに、こと原発になると、絶対という事が連発されます。さすがに、原発関係の設計には関わった事がないので(水力発電関係はありますが)見たことがないものに関しては、めったな事は言えないのですが、絶対なんて本当に言い切っていいものだろうか?っていうのが、自分の技術者としての見解です。
 ただ、福島の件で想定外というものがあったという事は、絶対としている拠り所があって、それに対して絶対と言っただけの事で、それ以外の事が起きたから想定外だった・・・という事になったのではないかと。
 橋や河川は想定外があったとしても、すぐに復旧も出来るし、活動出来る状態にももっていけますが、こと原発の場合は、想定外が起きた時は、長期住めない地域が出来るとかその影響は計り知れないものになってしまうと思います。
 自分は、路線は違うとはいえ、同じ設計という部分に多少は関わっている者として、原発に対してヒステリーの様に反対とまで言える立場ではないと思いますし、今の不況とかいろいろいった状況だと、どうするべきか?の議論は必要だとも思います。ただ、設計者として言える事は、今までの様にやみくもに安全神話であるいみだましうちにするのではなくて、今古くなった原発の経年劣化も加味した強度の現状、設計基準の現実そういうものを、あえて素人に専門用語でけむにまいて安全ですで言い切るのではなく、構造が分からない素人にも分かりやすく具体的に説明し、そして、福島の様にリスクも含めて説明し、それでも納得が出来るという風土が国民に広がるのなら、原発再開もありえるのかな・・・という風にはしてほしいものです。
 こういう大量の生命に影響する事は、何か政治のどさくさで強引にしていいものではないと思うし、例えそれなりのお金をもらったとしても、そういう設計をした人間は、人生を振り返った時多分、とり返しのつかない様な後悔をするのではないかな・・・と思います。多分それは、人としての良心があるなら、耐え難いものになる様な気もします。
 そして、どさくさで暗躍している?方々は本当は、よかれと思って頑張っている設計屋の良心を踏みにじってまで、そういうものを再開はしてほしくないな・・・それは田舎のけしつぶみたいな技術者が思う小さな願いです。


寒蘭・八咫烏

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マッコウクジラ

マッコウクジラ

『気まぐれ文学館』
・第15回,16回短歌現代新人賞 佳作
・第47回角川短歌賞 最終予選通過
・H15年度 歌壇・歌壇発新星36人 一年連載
他・・・
現在は当ブログにて地道?にゲリラ活動中・・・