2018-05

取り壊し前のK'zBoxパートⅠビル

 『幻になった幻屋』の記事で少しだけ触れていたのですが、その店のあったK'zBoxパートⅠビルが3月いっぱいで入っていた他の店舗(残りはあと2件しかなかったけど)も退去してもらって取り壊す・・・という事だったので、取り壊される前に改めてビルの撮影に行ってみました。

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こんなビル。
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看板のアップ・・・
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となりは空き地になってますが、昔はK'zBoxパートⅡビルが建ってました。
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ストリートビューでさかのぼると(2014年2月画像)にビルが建っていた頃の画像が残ってました。

 取り壊されると、それなりの空き地になったりしますが、その後は最近空き地お約束のコインパーキングになったりするのでしょうか?また追跡取材をしたいな・・・とは思います。

※地図は→こちらです。

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パチンコ第10ホームラン跡地その後

 前回は取り壊してぽっかり穴が開いた状態になってまいたが(前回の記事は→こちら)その後フェンスが出来てました。

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こんな感じ。
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 ちなみにフェンスの内側は、最近高知の中心部に出来た空き地のその後利用の定番のコインパーキングでした。

※地図は→こちらです。

廿代橋通の碑

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 大正9年4月建・・・なんで、結構昔に出来た碑です。高知市江ノ口川の廿代橋のところにひっそりと建ってます。

・由来
 廿代の由来は大工頭加藤冶部の宅地の面積が二十代(120坪)であったからとか、元の字名とか言われている。寛永年間(1661-72)に大川筋の武家街との連絡のため高知城の外堀に沿った南北の通りに廿代橋が架けられた。昭和11年(1936)市内の町域整理のとき廿代橋から追手筋までの南北の通りの東西が町域と定められた。
(隣に建てられていた高知城下町名今昔の立て札より)

※地図は→こちらです。

取り壊しの進んだ土佐ビルと・・・

 高知駅へ向かう電車通りにある土佐ビルの取り壊しがだいぶ進行してきました。(前回の記事は→こちら

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 こんな感じ。土佐ビル自体はだいぶ小さくなってきました・・・ちなみに前回記事に書いた時、隣にあったラ・シャンブルK・Ⅱというビルは取り壊しの看板が出てなかったので、生き残るのかな~と思ってたのですが、今回覆いがあるので、一緒に取り壊す事になったのでしょうね・・・
 個人的にはこのビルにあったバッタもののデイジーダックの看板がなくなるのはちょっと残念です・・・笑

※地図は→こちらです。

種崎5区バス停前の開かずの扉

 高知市種崎5区のバス停はレトロな煉瓦の塀の所にあります。

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 こんな感じ。けど、背後にある扉は年とともに朽ちていって、なんか昭和のにおいが相当感じられる雰囲気にはなってますが、相当錆び付いて今では開かずの扉状態になってしまいました。
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 扉のアップ・・・もし、力まかせに開けたら崩れそうです・・・
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 隣の通用門みたいな扉のアップ・・・こちらも相当です。

 別にこの家は廃墟になっている・・・という訳でもないのですが、元々裏口の門だったので、使わなくなって年月が経ってこうなった・・・という感じでしょうか・・・ちなみに背後の錆びたトタンの建物は廃墟に近い物置状態になってる感じですが・・・
 この家自体は敷地が広いので、使わない所が敷地内で放置?という事でしょうか・・・個人的には何かテレビとか映画のレトロなワンシーンに使えそうな雰囲気があって、いいなとは思ってます。

※地図は→こちらです。

喫茶やまとと背後の廃墟

 喫茶やまと跡は電車通りを高知駅方面に行く途中、ローソンの向かいにあります。割と最近まで店はやってて、いつもそばを通ると中には結構客がいたのですが、いつの間にか灯が消えてました。

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 最初一瞬定休日?って思ったのですが、入り口に無造作に古い鉢が置かれたりしてました。
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 それよりも個人的には昔からこの喫茶の裏側にあるこの廃墟の方が微妙~に気になってました・・・

※地図は→こちらです。

消えたパチンコ屋・第10ホームラン

 高知市の京町商店街の中にあったパチンコ屋の第10ホームランが取り壊されました。昔高知市中心部の商店街の力が強かった時は、パチンコ屋などとんでもない・・・なんて声があった様な気がしましたが、いつの間にか中心街が寂れてくると、シャッター街の中からパチンコ屋のスペースが増えてきたのですが、それも時代が変わり、パチンコ屋の改正法やらなにやらで、駐車スペースのない中心街のパチンコ屋は今度は撤退を始めたのかもしれません・・・それも時代の流れなんでしょうね・・・ちなみに昔西武百貨店があった場所には123というパチンコ屋の大型店舗が出来ましたが、中心街に駐車スペースを構えた戦艦クラスの店が出来たのでは、アーケード街の比較的小さな規模の店舗は太刀打ち出来なくなったという事なんでしょうか。個人的にはパチンコには全く興味はないのですが、店舗のシェア争い?みたいなものは、客観的に見てると、面白いドラマの様には感じます。
 ちなみに、中心街のアーケード街には昔の一時期はパチンコ屋の進出が目に付きましたが、最近は居酒屋とか飲み屋系や飲食系の店が増えてきている様な気がします。

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取り壊されて空洞になったアーケード
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奥の通りまで壊されたので、結構大きなスペースが出来ました。

・ストリートビューにまだ店舗のあった画像が残ってました。
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こんな感じ。
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角度を変えて。

※地図は→こちらです。

波介川今昔

 波介川は、放水路の整備によって、旧河口の仁淀川合流点は堤防になってしまいました。

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旧用石付近の波介川河口(2011年3月頃)
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現在はこんな感じでふさがって、常時の水は波介川樋門を行き来する様な形になってます。
(2018年4月現在)

※地図は→こちらです。

呉服屋・小川跡

 呉服屋・小川跡は高知市の京街商店街の中にあります。元々は老舗の呉服店だったのですが、店をたたんで、今は商店街の中に空間が出来た状態になっています。

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こんな感じの空間になってます。
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看板だけが、今でも残っています。

地図は→こちらです。

幻になった幻屋

 よく飲みに行った際に入り浸っていた店(幻屋)が閉店し、最終的な片付けの手伝いをしました。元々店主が趣味で始めた様なもので、昼も仕事をしていて夜に飲み屋をしてた・・・みたいな感じだったので、さすがに体力的にきつい・・・という事で閉店になっちゃいました。(別に赤字うんぬん・・・という訳でもなさそうですが)
 一見普通の飲み屋なんですが、料理が上手かったので、自分は週末晩飯と飲み・・・という感じで、根が生えたみたいな形でよく居座ってたので、なくなったのは少し残念です。あとは、この店がきっかけで、周囲の店とも仲良くなったりもしたので、いい思い出になったのではないでしょうか・・・
 また、体力が回復してやる気になったら、復帰してほしいものです・・・笑


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片付け最後に入る入口
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中も静かになりました・・・
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角度を変えて・・・
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最後に看板は記念に取ったので、なくなった跡・・・ちょっとさびしいですね・・・

 ちなみにこの店の入ってたビルも3月いっぱいで取り壊しを始めるみたいです。(また、なくなるという事で、ビルの外観の改めて撮影したいな・・・とは思います。)他に同じビルに入ってた店も顔を出すと、別の場所に引っ越すという事で、案内状をもらいました・・・

新山本造船所・工場跡

・単管のバリケードが出来てました。

※前回の記事は→こちら

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手前は生き残りの鉄の物体
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生き残りのブロック

※地図は→こちらです。

種崎四区の廃墟

 種崎四区の商店跡の正面にあります。

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もう結構庭が森になり始めてます。
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・みどりのおばちゃんの家
 昔ここに住んでいる人が子供が通学する時に横断歩道のところに立って旗を振ってたので、みどりのおばちゃんの家・・・なんて言ってました。いつから人がいなくなったのかは覚えてませんが、この庭の荒れ方を見るともういなくなってから随分経ってそうです。

※地図は→こちらです。

千松公園のプール跡

 今は芝生だけの場所になってますが、昔ここには子供用の円形のプールがありました。

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 赤丸している感じでプールがありました。今は海水浴場の客も少なくなったのですが、昭和の時代は種崎の海水浴場は相当な客が来てましたが、海だと少し危険だという事もあって、小さな子供用に出来たんじゃないかな~なんて思ったのですが・・・
 プールの深さは小さな子供でも溺れないくらいの浅いものでした。(大人の膝下くらいの深さ)冬はそのまんま水がたまりっぱなしで、夏にプールをきれいに洗って子供が遊べる様にする・・・みたいな。
 けど、だんだん種崎の海水浴場がさびれてくるとともに、プールで遊ぶ人もいなくなって、プールが古くなってきた事もあって、いつの間にかなくなっていました。今はプールの四隅に休憩用に作られたベンチだけが名残の様に残っているだけです。(プールがあった事を知らない人が見ると、なんで古いベンチが対角線上に2対あるんだろう?なんて思うかもですね・・・)

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 ベンチのアップ・・・だいぶベンチもくたびれてはきましたが、まだ大丈夫そうです・・・ちなみに秋になるとこの辺りにきのこがよく生えるのですが、食べられるものかどうかは不明です・・・笑

新山本造船所・工場跡

・広い更地になりました。

※前回の記事は→こちら

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ちょっとだけ残ってる残骸。
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よく分からない鉄の三角は生き残ったみたいです。
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コンクリートの大きなブロックも1個だけ残ってます。


種崎四区の商店跡

 高知市種崎四区の二段道にあった商店跡です。一応裏側にある家とセットで?売家って看板が出てるので、今の所は廃墟扱いではないと思います。

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 ここは昭和50年代位まで(もう少しやってたかもしれないけど)むかいさんっていう商店(野菜とか果物とかを売っていた)で、おばあさんが一人でやってました。
 昔は種崎に限らず、各地域の狭いエリアに1件くらいはこうした小さな商店があったのですが、だんだん大きなスーパー等が出来たり、車社会が発達したりして、なくなってしまいました。
 昔はどこでも歩いて行ける距離にこうした商店があったり、魚屋やたまご屋、肉屋等小さな商店があったりしたものですが、今は車がなかったらたちまち生活に困るかな~みたいな感じになってしまいました。お年寄りの車の事故が問題になったりするのですが、生活のためになかなかやめられない・・・けど、それが昔だったら車がなくてもその辺に店があった・・・って時代だったので、その辺はなんとなく皮肉かな~なんて感じました。

※地図は→こちらです。


種崎四区の小さな祠とムクノキ

 いつの時代から建っているのかは不明ですが(少なくとも大正,昭和初期以前からあったと思うけど)種崎四区の二段道沿いの角にある小さな祠とそれの鎮守の様に生えているムクノキです。

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・なんだか窮屈になったムクノキ
 今は背後にアパートが出来て塀で囲まれているけど、昔はこの辺は大きな畑があって、その隅にこのムクノキは大きく枝を広げてのびのびとしてました。祠も日の当たる場所でなんか自然に溶け込んだ雰囲気・・・って感じの場所だったのですが、時とともにこの辺にも開発の波がやってきて、背後にもアパートが建ったりして、枝も邪魔になるので、小さく刈り込まれて申し訳なさそうに生きている感じになって、祠も昔はいつも小さな花が供えられたりしてたのですが(畑の人が育てた花などで咲いたものを供えていた感じ・・・)今では忌?的場所の様に区切られてる感がする場所になって、時代とともに小さな道祖神だったり、お地蔵様だったりが忘れられていって場所によっては自然に埋もれて消えていく・・・みたいなものを感じたりします。
 それは昔は日本人が自然の神様みたいなアミニズムが文明とともに消えていき、山の神様だったり、海の神様だったり、小さな事に感謝する気持ち・・・などが消えていっている様な気もして、これっていい事なんだろうか?なんて複雑な気持ちになったりもします。
 ちなみに皮肉は事ですが、一時期は種崎の先端部って気候も穏やかで場所もそんなに悪くないので、宅地が随分増えて畑がなくなったのですが、南海地震の津波の事が叫ばれ始めてからは、この辺は土地がフラットで津波の高さによっては逃げる場所が全くないと言われはじめてからは新規で居住してくる人は減り、市内の中心部からも外れているので、だんだん限界集落の様に急激に過疎化してきている・・・というのを感じると、時代の流れって分からないもんだな~なんてのも感じました。

※地図は→こちらです。

取り壊されるビル

 高知市の電車通り沿いの蓮池町バス停前にある土佐ビルが取り壊しになるみたいなので、ここも風景が変わる・・・という事で、現状の写真を撮ってみました。

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 このビルの右側の方の少し大きいビルが今回取り壊される土佐ビル。けど、個人的には、今ほぼ廃ビルになっている隣の少し小さいラ・シャンブルK・Ⅱというビルの方が気になってました。
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 少しアップ・・・カラオケ店跡でしょうか・・・下の看板がポイントです。
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 コレ・・・今の時代だったら、著作権うんぬんで訴えられそうな中国も顔負けデイジーダックバッタものの看板がとってもオシャンティー!
 今回はこのビルは取り壊されるみたいには書かれてないので、もう少しバッタものは存在しそうです・・・笑

・増える中心部の空き地・・・
 最近高知の中心部の空き地ってなんだかどんどん増えてきて、コインパーキング化している様な気がします。特に今の耐震基準に見合わない古ビルとか雑居ビルとかが取り壊されると、またここもコインパーキング・・・みたいな感じで。後は少し広いスペースが確保出来ると今度は、市内中心部マンションとかになってたりもします。少し前までは、電車で行ける距離とか、自転車で行ける距離のマンションが多く建っていたのですが、それがだんだん中心部にやってきたな・・・という感じで、別に行政が音頭取らなくても勝手にコンパクトシティ化しているかな~的な感じになったりします。
 けど、確かに利便性が高いので、即完売・・・みたいな物件も多いのですが、今現在高知の人口は減っている訳だし、ちょっと前までは売れていた電車で行ける距離のマンション等は、それまでは中心部に一番アクセスが良かったので、人も多かったけど、人って結局より利便性の高い所に移ってしまう訳で、結果的にはそういう所から次第にゴーストタウン化されて、古くなった時にどうするんだ?的な問題が発生するんだろうな~なんて考えたら、マンションとかも自転車操業的に建てながら・・・みたいなモデルはそろそろ限界が見えてきてるかな~なんて感じたのも最近感じる事です。

※地図は→こちらです。

新山本造船所・工場跡

・だいぶ更地化されてきました・・・

※前回の記事は→こちら

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コンクリート塊の山もちいさくなりました。
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奥にあった小さな工場(倉庫?)みたいなのも取り壊されました。

※地図は→こちらです。

春野・天空の道沿いの施設3連発

 春野・天空の道沿いの施設(今は流用されたりもしてるけど)3連発です。

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 まずはこちら。現在は空室です。元々ヤマザキショップ系のコンビニでしたが、いつの間にかなくなってました。この辺で最近海岸の耐震工事等が多い事もあって、時々土木の現場事務所として流用されています。けど、この辺の工事が下火になってきたら、いずれは廃墟候補の様な気がします。

※この場所の地図は→こちらです。

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 つづいてこちら。元々豚太郎系のラーメン屋さんだったのですが、いつの間にかなくなってました・・・現在は現場事務所として流用中です。豚太郎自体はチェーン店なんですが、ここはオリジナルメニューとかもあって、昔この辺の現場で仕事してた時はよく食べに行ってました。その時の記憶ではいつも昼は結構客がいたのになんでなくなったのかな~的な感じはしてます。
 ここも先程の店舗跡と同じで、この辺の工事が減ったらいずれ廃墟まっしぐらな予感です。

※この場所の地図は→こちらです。

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 最後はこちら。先程の豚太郎跡地の道路脇にあります。元々たこ焼き屋さんでした。


文庫の鼻旧道

 文庫の鼻旧道は、文庫鼻トンネルの海側の崖沿いに存在します。落石等により、通行する・・・は結構困難を極めると思いますが、トンネルの春野側の方に小さな駐車場があって(ここは天空の道・春野のスタート地点です)そ付近から浜に下りる階段があるので、そこから下りて砂浜から見ると、昔の道路跡が分かると思います。

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 文庫鼻トンネル。旧道はこの海側の崖沿いをぐるっと回る形で存在します。
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 トンネルのアップ・・・少し前までは、大型車両が来ると行き違いの出来ないトンネルでしたが、改良されてきれいになりました。
 昔のトンネルの状態については、隧道探訪というサイト内の文庫隧道に掲載されてましたので、そちらを見ると、過去の比較が出来ると思います。ちなみにこのサイトは四国の旧トンネル探訪がされいて(特に大森トンネル初代なんて行く辺り相当マニアかと)思わず見入ってしまうサイトです。
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 砂浜から見た文庫の鼻。こんな感じで旧道の石積みが残ってたりします。
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 道のアップ・・・昔はこんなとこ通ってたんですね・・・なんかそう考えるとすごいです。

※地図は→こちらです。

みさと商店街

 高知市仁井田のmac三里店の西隣に存在する商店街です。ほとんどシャッター街で闇市っぽい雰囲気醸し出してます。店は今はやってたと思うけど、喫茶店が1件と、去年オープンしたお好み焼き屋&焼き鳥屋さんがあるのみです。

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 一応生きている店はあるけど、こちらから見るとダークオーラ満載です。ちなみにこちら側に表示されている看板の店は今は全滅しています。
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内部のアップ・・・

・三里商店街がきらきらしていた頃・・・
 出来たのは40年前位でしょうか・・・元々は今はmac三里店の場所に三里ショッピングセンターという2階建てのスーパーが出来て、それとセットみたいな感じで出来た商店街でした。出来た当時は三里地区で出来た大型商業施設で、まだ高知の中心部は頻繁に行く・・・という場所でもなかったので、地域の人が集まって活気がありました。ショッピングセンターの2Fには喫茶コーナーとかおもちゃ屋とか簡易的に小さな子供が遊べる場所とかあって、なんかきらきらしててすごい場所・・・みたいな感じで、それまで三里地区にはエスカレーターとかなかったので、2Fに上がるエスカレーターに乗っただけで子供はなんとなく都会気分になってハイな感じになっていたような・・・(今の時代から考えるとなんて簡単な子供なんだ・・・みたいな)
 商店街もいろんな店が並んで人通りも多かったのですが、だんだんと高知の中心街へのアクセスが良くなってくると、人の足は遠のき、スーパー自体も当初は三里ショッピングセンターの独壇場だったので良かったのですが、近くに別のスーパーが来て(サンシャイン)競合する様になり、メインの駐車場が道路を挟んだ向こうにあるとか、2F式が不利になって、次第に客はサンシャインの方に奪われてショッピングセンターが衰退するとともに、活気のあった商店街は店が一つなくなり、二つなくなり・・・で、闇市化していきました。
 ショッピングセンターはその後ナンコクスーパー系の店がやっていたのですが、最終的に統廃合の関係で、なくなってしまいました。ショッピングセンターはしばらく廃墟化して、店の前で営業していたたこ焼き屋さんだけが残っていたのですが、最終的に取り壊し→mac三里店という風に変化していきました。
 ちなみにmacに併設されているほっかほっか亭は元々十津にあった店が移転してこちらの方に来て、十津店だった所は空き店舗になっています・・・

地図は→こちらです。

新山本造船所・工場跡

・奥の工場(倉庫?)から取り出された塗料缶みたいなのはなくなってましたが、それ以外は大きな変化なしです。

※前回の記事は→こちら

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ホースの山?は先週と同じ・・・・
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コンクリート殻の山はそんなに変化なし。
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まだこの建物も生き残ってます。
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なくなった浦戸大橋の看板

 浦戸大橋の耐震工事によってなくなりましたが、以前はこの階段の途中に自殺防止看板がありました。(耐震工事以前は階段とフェンスに囲まれた箇所はブロックではなくて土で草が生えてました)
 今は浦戸大橋自体に自殺防止のため、高いフェンスが設置されたため、自殺が起きる事は滅多になくなりましたが、橋が出来た当初は欄干のみだったので、それはそれはすさまじい数の自殺者が発生しました。(多い時は一週間に10人程度とか)
 その関係で、この写真の階段途中に『ちょっと待て!後は小さい文字だったので覚えてません・・・』(時とともにその看板も錆びてちょっと待てが分かる程度にボロボロになっていたので)・・・って看板がありました。小さい文字はなんか思いとどまらせる様な言葉が書いてあった・・・様な記憶が・・・
 けど、そんな看板なんかそういう気分になっている人が見る事はほとんどなく、その後欄干の外側に横方向に伸びた有刺鉄線付きの自殺防止施設が付きましたが、それでも欄干の上から思いっきり飛べば越えられる代物だったので、自殺者は減りませんでした。
 それから、今橋を覆う様な高いフェンスが設置されてからは、乗り越える前に人に気付かれるし、結構乗り越えるにもフェンスが忍び返しみたいに途中から内側に折れ込んだ構造になっていて難易度の高いものになったので、橋からの自殺者はほとんどなくなりました。
 そういう事もあって、その看板も役目を終えた・・・という事で?耐震工事とともにきれいさっぱりなくなってしまいました。

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・自殺者と間違えられちゃった・・・
 その昔横浜地区の横浜病院がロイヤルホテルだった頃、毎年海の記念日に花火が打ち上げられていて、その花火を見るのに浦戸大橋の上から見るのが楽しみだったので、毎年見に行ってたのですが、ロイヤルホテルがなくなった年にそんな情報が耳に入るはずもなく、今年も花火を見に行こうって浦戸大橋に上がって花火を待っていたのですが、打ち上がらず(ホテルがなくなったので、当然なんですが)待てど暮らせど・・・みたいにまだかな~まだかな~って橋の上でねばって花火が打ち上がる方向をぼ~っと見ていたら、車が止まって『大丈夫?』って声かけられました。その時は一瞬何のこと?みたいに思ったのですが、ど~も自殺者と間違われて心配されたみたいでした・・・大汗
 今はこの橋はフェンスが高くなったので、よじ登る仕草でもしないと疑われないでしょうが、そんな誤解される場所でぼんやりするのは禁物ですね・・・苦笑

※地図は→こちらです。

新山本造船所廃墟前の廃墟(廃屋)3連発

 この廃墟(廃屋)3連発は、高知市種崎の新山本造船所跡の反対側の小さい道を入った所に並んであります。もう随分人の気配はなくて、新山本造船所跡付近でも廃墟、空き家系は相当数あります。高知市内でも外れの方になると、なんだか過疎化しているな~なんて感じます。昔は山間部が過疎化のイメージでしたが、今では街の中心部から外れた場所も同じ様な感じになってきているという事なんでしょうね・・・

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造船所から正面1軒目・・・
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入口の鉄の門になんとなくレトロ感あります・・・
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角度を変えて・・・人気がなくなって結構経っている感あります。
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 2軒目・・・無人感漂ってますが、こちらはまだ廃墟までは荒んでないので、空き家程度でしょうか?・・・
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3軒目・・・こちらもぱっと見はよさげに見えます・・・
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角度を変えて。

※地図は→こちらです。

千松公園の碑

 この碑は高知市種崎の千松公園の駐車場のすみに建ってます。

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 大正15年設置なんで、もう結構な歴史になってます・・・ちなみに土陽新聞って今は無いと思って調べてたら→こちら(コトバンクより)に説明が書かれてました。

※地図は→こちらです。


壽仙院跡前の廃墟

 この廃墟は壽仙院跡の手前に建っています。家というより、構造的に民家というより、何か個人の設計事務所に使ってた?・・・みたいな感じの建物です。

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木の塀も倒れかけです。
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壽仙院から攻めてきた竹がだんだん覆ってきてます。
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反対側から

※地図は→こちらです。



壽仙院跡

 壽仙院跡は高知市種崎中区の新山本造船所宿舎跡の近くにひっそりたたずんでいます。昭和55年刊の三里小学校百年記念誌『三里のことども』が発行された当時は種崎地区に現存する唯一の寺として紹介されており、その中で檀家が次第に減りその当時で数件、住職が「日本一のミニ寺でしょう」と話しているという事が書かれていましたので、それから40年位経ってその数人の檀家もいなくなって種崎地区唯一のお寺も静かに幕を閉じた・・・という事でしょうか。
 『三里のことども』には本尊は一塔両尊宗祖日蓮大士。と書かれていました。

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藪に隠れそうな感じになってます。
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入り口のアップ
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お寺の看板のアップ

※地図は→こちらです。

新山本造船所・工場跡

・更地が広がってきました。

※前回の記事は→こちら

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奥の小さな工場もどうやら取り壊される感じです。
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奥の工場から取り出された塗料か何かの缶
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※地図は→こちらです。

もち蔵家

 高知市種崎にある行列が出来るわらび餅屋さんです。高知市では辺鄙な所にあるのに、店が始まる前から行列が出来ています。週に数日だけ営業していて、基本的には2~3時位までの営業なんですが、ほぼ昼前には売り切れで店が終了している事が多いです。この店はわらび餅が有名ですが、どら焼きとか他のものもあります。
 店が昔からの旧家を改装しているので、建物としても古民家で風情があります。

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正面からの外観(早朝に写真を撮ったので、まだ行列は出来てませんでした)
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角度を変えて。

・もち蔵家の前のおはなし
 もち蔵家がオープンするまで、結構な期間空き家でいつかこの古民家も取り壊されるのかな~なんて思ったので、長く残ってなおかつ面影が消えないこういう形で残ったのは、すごくよかったのではないかなと思ってます。
 その昔、はさわだという昔でいう何でも屋さんみたいな店で明治(江戸?)時代から続く店でした。昭和の初めくらいまではすごく繁盛していたみたいで、その後造船所が盛んだった時も、正面に今は巨大廃墟になった新山本造船所があって、夜はその作業員相手に一杯飲み屋みたいな事もしていたみたいで、その時も随分繁盛していたみたいです。その当時は、子供とかは大人に
『夜はあの店の近くに行ったらようたんぼう(酔っ払い)のおんちゃんに絡まれるき近寄られん』
・・・なんて言われてたようです。
 それからは、造船所がなくなり、大型のスーパーとかが仁井田地区に出来たりして、代が変わって次第に田舎の暗い店・・・みたいな状態になり、店はなくなりました。この店の正面にヤマザキショップ系のコンビニを建てて一時期やってましたが、それもいつの間にかなくなって、現在は他の会社の事務所に様変わりしてます。(そういえば、ここに限らずつぶれたコンビニ流用例って多いな~これもなんか今昔みたいな転用例みたいな企画が出来そうなんて思ったりします・・・)

※地図は→こちらです。

スパイラルスタービル

 追手筋から少し入った所にあるビルです。一応売りになったるので、廃墟ではないと思いますが現在は無人ビルです。ビルの名前の由来は螺旋階段をスパイラルスターと表現したものなのでしょうか・・・

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少し遠方から。
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ちょっとだけアップ。
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正面から見上げた方向で。
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一応売りの看板出てます。

※地図は→こちらです。

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マッコウクジラ

マッコウクジラ

『気まぐれ文学館』
・第15回,16回短歌現代新人賞 佳作
・第47回角川短歌賞 最終予選通過
・H15年度 歌壇・歌壇発新星36人 一年連載
他・・・
現在は当ブログにて地道?にゲリラ活動中・・・